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        <title>蓮華式生活設計</title>
        <link>http://www.lfd.jp/life/</link>
        <description>瑜伽行者 vivian の新生蓮華式生活設計</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2010</copyright>
        <lastBuildDate>Thu, 02 Sep 2010 16:44:34 +0900</lastBuildDate>
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            <title>カイヴァリャダーマの本 『ゴーラクシャ・シャタカ』</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100902_goraksa.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100902_goraksa.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>インドのヨガ研究所である<a href="http://www.kdham.com/" target="_blank">カイヴァリャダーマ</a>から、布の包みが届きました。<br />
布でくるまれたインドの小包を見たことはありましたが、こんな小さな郵便物まで丁寧にふちをかがってくるとは。。</p>

<p>今回届いたのは、ハタ・ヨーガの経典の中でも日本ではまだ翻訳本の出ていない『ゴーラクシャ・シャタカ』。サンスクリット原文の決定版に、英訳がついています。本編自体は百頌の詩なのでとても短いのですが、カイヴァリャダーマの創設者、スワミ・クヴァラヤーナンダ師による解説が詳しくて面白そうです。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100902_goraksa2.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100902_goraksa2.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>成瀬貴良先生からお借りしていた十数年前のものとは版が異なり、少し改訂が加えられているようです。本の体裁も、手作り感あふれる糊の甘いハードカバーから、上質紙のこぎれいなくるみ製本に。</p>

<p>カイヴァリャダーマのサイトでは、ヨガ関連のテキストがインド価格で手に入ります。ちょっとお金がかかるのは送料だけ。</p>

<p>カイヴァリャダーマ　<br />
海外向けショッピングサイト<br />
<a href="http://www.kdham.com/index_for.html" target="_blank">http://www.kdham.com/index_for.html</a></p>

<p>かつては苦労してインドへ行かなければ手に入らなかったテキストの数々。今ではネットで注文して、2週間ほどで手元に届いてしまいます。あとはスキャンしてクラウドに上げてiPadで閲覧。。OCRでテキストを抽出して翻訳や論文のソースに。。いい時代になりました。<br />
インドから届いた布包みの手触りだけが、現実感を与えてくれます。</p>

<p>でも、苦労しなければ得られないものもあったはず。便利になって効率的になった分、できた余裕でもっと多くの経験をしたいものです。<br />
縫い目を一つ一つほどきながら、これを縫ってくれた遠いインドの人とのつながりを思うのです。</p>

<p>（本文訳は後日試みたいと思います。）<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/09/02164434.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊ヨガとインド哲学＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 02 Sep 2010 16:44:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>いのりのかたち -八十一尊曼荼羅と仏教美術の名品＠根津美術館</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.lfd.jp/life/archives/images/img_exhibition_inori.jpg"><img alt="img_exhibition_inori.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/assets_c/2010/08/img_exhibition_inori-thumb-200x282.jpg" width="200" height="282" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 0px 0;" /></a></span>根津美術館「いのりのかたち -八十一尊曼荼羅と仏教美術の名品」展。週末の最終日に行ってきました。</p>

<p>リニューアルしたばかりの根津美術館は、展示室はこぢんまりとしているけれど、ラウンジなどには贅沢に空間を使った憩いの場でもありました。<br />
もちろん八十一尊曼荼羅もとてもすばらしいものでしたが、今回の展覧会でとくに印象に残ったのは、次のようなものでした。<br />
<div style="clear:both"></div><br />
『大威徳明王像』<br />
<a href="http://www.nezu-muse.or.jp/jp/collection/detail.php?id=10002" target="_blank">→根津美術館：大威徳明王像</a><br />
大威徳明王は、サンスクリット名をヤマーンタカ（死神ヤマを倒す者）、またはヴァジュラバイラヴァ（金剛の畏るべき者）といい、チベット仏教でも広く信仰を集めています。その名の通り恐ろしげな憤怒形に多面多臂の尊格です。<br />
水牛の背に片足を大きく上げて立ち、火炎に包まれて斜め下方に向かうダイナミックなポーズとその憤怒の表情。本来は修法のための本尊であって観賞用ではないのでしょうが、いつまでも見飽きない、躍動感あふれる尊像です。</p>

<p><br />
『十二因縁絵巻』<br />
<a href="http://www.nezu-muse.or.jp/jp/collection/detail.php?id=10364" target="_blank">→根津美術館：十二因縁絵巻</a><br />
鬼の姿で表現された十二因縁を、中国風の王様が順番に倒していくというストーリー仕立ての、非常に面白い絵巻です。絵巻は日本のマンガの原点とよく言われますが、これはまさにマンガ。キャラクターデザインがすばらしく、愛嬌のある鬼たちがちょっとかわいそうになってしまうくらいです。</p>

<p>『絵過去現在因果経』<br />
<a href="http://www.nezu-muse.or.jp/jp/collection/detail.php?id=10362" target="_blank">→根津美術館：絵過去現在因果経</a><br />
こちらも絵巻。和風の王子姿のゴータマ・シッダールタが出奔する様子が描かれています。</p>

<p><br />
いずれも鎌倉時代の絵画作品で、民衆の方を向いた、その時代の新しい仏教表現を感じます。現代には現代に合った、新しい仏教芸術が必要なのかもしれません。</p>

<p>急ぎ足で回ったので庭園を散策する時間がありませんでしたが、こんどは和服を着て行って、カフェでゆっくりしてみたいところです。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/08/12092443.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊デザインとアート＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 09:24:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>仏像という記号 -密教マンダラの仏たち-</title>
            <description><![CDATA[<p>　専門知識を持たない多くの人にとって、仏像はどれも同じに見える。せいぜい、如来形と菩薩形の違いくらいで、どれがどの仏であるかはほとんど分からない。これらの仏たちを区別するのが、その持物である。<br />
　宗教画において、描かれる人物や神に、それぞれ特有の持物、アトリビュートを持たせるのは普通に行われていることである。持物はそれを持つ者の性質や歴史を物語ると同時に、それが誰であるかを明示する記号でもある。</p>

<p>　初期仏教においては、釈尊の姿が図像化されることはなかった。図像で表わされるようになったのは入滅後のことであり、それも法輪やストゥーパ、仏足石などのシンボルによってであった。<br />
　人の姿をした仏像がつくられるようになったのは紀元1世紀頃、ギリシアやペルシアの影響を受けたガンダーラ美術や、インドの土俗的な特徴を示すマトゥラー美術においてである。釈尊の入滅からおよそ5世紀を経た後のことだ。つまり、これらの仏像が釈尊その人の身体的特徴を正しく表わしている可能性はほとんどないのである。その尊容は儀軌によって三十二相八十種の特徴を備えると定められているが、これらの特徴は、作られた像が仏像であることを示す約束事でしかない。仏像は釈尊の肖像ととらえるよりも、人型のシンボルととらえるのが正しいのである。</p>

<p>　インド密教美術の最大の特徴は、一旦はシンボルから人物へと変わった仏像が、再びシンボルへ、それも無数のシンボルへと変わっていったことである。<br />
　密教の時代にあっても、当初は釈尊をはじめとする古くからの代表的な数種の仏像しか作られていなかった。それがある時点から、像容が画一化され、仏像の種類は爆発的に増える。描き分けを放棄してしまったようにも思える。その間のギャップは一体なんであろうか。</p>

<p>　密教において仏が一気に増えたのは、ヒンドゥー教の影響だという説明がなされることがある。実際、ヒンドゥー教から天として取り込まれたものも多い。しかし、密教仏が増えたのは、マンダラ儀礼の登場に依るところが大きいという（※1）。ヒンドゥー教の神々が、長い歴史とたくさんの物語を持つ土着の神を取り込んで増えて行ったことと、儀礼上の要請から、個性を持たない仏たちが観念的に増やされていったこととは、根本的に異なっているのである。<br />
　文献に名前だけで登場する膨大な仏たちをどう表現するか。密教において、全ての仏は大日如来の性質の表れであるという。もとより物語など持たないのである。名前を書く以外に表現のしようがない。そこで、シンボルという名札をつける方法を見つけたのではないだろうか。<br />
　シンボルだけで仏を表わしたものを三昧耶形というが、語源であるサンスクリットの「サマヤ（samaya）」は「約束」や「決まり事」を意味し、これが記号であることをはっきりと示している。</p>

<p>　古代エジプトの絵画における神々は、どれも同じ様な体型と、体幹は正面、顔と手足は横向きという独特の立ち姿、あるいは玉座に腰掛けた姿で表わされ、それぞれを区別するのはその身体に載せられた動物や人間の顔と、やはり持物である、ように見える。しかし、事情は密教仏とはかなり異なっている。エジプトの神は多くの場合、同一の神でも動物型と人型など、複数の姿で表わされる。時代や地域によっては、逆に異なる神が同じ姿で表わされたり、元の持物に加えて他の神の持物を持ったりと、神々の同一視や合体がしばしば行われ、図像上の表現は非常に混乱している。それでも神々の名を言い当てることが出来たのは、多くの場合、側に象形文字で名前が書いてあったからである。<br />
　密教仏たちは、自身が象形文字となることで、そのアイデンティティを獲得し、逆説的に個性を失った。絵による文字という文化をもつ古代エジプトにおいて、神々自身がシンボル化の道をたどらなかったのは、不思議なことにも思える。しかし、無数の表現があるということは、逆に固有の姿を持たないということであり、そこにはやはり名前だけが残るのである。</p>

<p>　釈尊という一仏から出発し、爆発的な増殖の後、また大日如来という一仏へと還った仏たち。どれも同じに見えるのは当然のことであり、また、正しいことなのかもしれない。</p>

<p>※1　森雅秀「密教仏の形成」, シルクロード・奈良国際シンポジウム2007 記録集 No.9 『インド世界への憧れ』, p.90</p>

<p>※上記考察に加え、古くからの仏が画一化された理由として、そもそも形式的表現がインド美術の特徴である点も考慮する必要がある。</p>

<p>2009/8/13 高野山大学院 インド密教美術レポートとして (担当：森雅秀教授)<br />
2010/7/8 加筆修正<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/07/08223941.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 08 Jul 2010 22:39:41 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ケータイをおいて出かけよう。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100527_kalmia.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100527_kalmia.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>携帯電話を持たずに出掛けた。<br />
といっても、忘れて、<br />
取りに戻る時間がなかっただけ。</p>

<p>困るのはまぁ、いつもSuicaとして使っているので、電車に乗る時くらい。</p>

<p>道を歩いていると、<br />
見たことのない花をみつけた。<br />
あっ、写真写真、と思ったら、<br />
ケータイがない。</p>

<p>こんな時に限って、と思いながら、よーく花を観察して目に焼き付ける。</p>

<p>あれ？　ケータイがあったら、こんなによく見ることはなかったのかな。。？<br />
忘れないように記録したつもりで、結局見ないんなら、ケータイカメラなんてなくてよかったのかも。</p>

<p>でも、この色と形をみんなに伝えたいんだよね。。</p>

<p>落ちていた一房を拾って、坐禅堂に向かう。<br />
4色ボールペンでノートの端にスケッチしてから、お釈迦様にお供えする。<br />
写生なんて何年ぶりだろ。</p>

<p>で、これ、なんて花？</p>

<div align="right">カルミア、だそうです。</div>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/05/27122244.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">俗世の事</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 27 May 2010 12:22:44 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>葬式仏教：葬儀の文化史と、仏教にできること</title>
            <description><![CDATA[<p>　日本人はよく言われるように、多くの人が生まれたときは神社へ行き、結婚式は教会で挙げ、死んだら寺の墓に入る。一生ひとつの宗教に真剣に取り組む敬虔な人々から見れば、一貫性がなく、ずいぶんいい加減に思えるだろう。だが、多様な宗教文化を躊躇なく取り入れることができるのが、日本文化の特徴であるのも事実だ。<br />
　仏教は今日、日本では「葬式仏教」などと呼ばれ、批判されている。その批判の意図には、本来仏教は葬儀には関わりがないはすである、というものと、現代において仏教は葬儀にしか関わってこない、という二つの論点がある。その一方で、火葬の起源を仏教に求める説は広く受け入れられているようだ。現代の日本人と仏教葬儀の関わりを、葬儀の起源から考えてみたい。</p>

<p><strong>釈尊と葬儀</strong><div style="float:right; padding:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003332512/lfd-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51TIda6P46L._SL160_.jpg" alt="ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)" style="border: none;" /></a><br><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003332512/lfd-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ブッダ最後の旅<br>―大パリニッバーナ経<br> 中村 元 訳</a><br></div>初期仏教と葬儀の関係は、釈尊と弟子アーナンダとのやりとりに見ることができる。パーリ語で記された聖典『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ（大般涅槃経）』には、釈尊の最後の旅から涅槃に入るまでが描かれている。その中で仏陀はアーナンダに対し、「アーナンダよ。お前たちは修行完成者の遺骨の供養（崇拝）にかかずらうな 」と語り、修行に専念するよう促している。そしてこの部分が、仏教は本来葬儀と関わりがないはずではないか、という意見の論拠となっている。<br />
　しかしながら、つづいて釈尊は、遺骨の崇拝は一般の信者が行うものとして、転輪聖王の遺体と同様に処理するよう詳細に指示している。転輪聖王とは、古代インドにおいて、ダルマ（法）によって統治する理想的帝王を指す言葉である。その葬儀の方法は、遺体を新しい布と綿で交互に五百重に包み、油を入れた二重の鉄槽に入れ、香料を含む薪で火葬にし、ストゥーパを建ててそれを礼拝するという、相当に費用と手間のかかる豪華なものである。<br />
　火葬にすることを、日本の仏教用語では「荼毘に付す」という。荼毘はサンスクリットからの音写であり、仏教とともに入ってきた言葉である。『続日本紀』の文武四年（700年）三月十日の項に、唐からきた仏教僧道昭が火葬にされたとの記述があることから、これを日本で最初の火葬であり、仏教とともに伝来した証拠であるとする説もある。しかし、火葬は仏教の発明というわけではない。日本においても、仏教伝来以前の古墳時代にも火葬が行われていたとされている 。<br />
　理由付けとして火葬の起源を釈尊に求めることはできるが、釈尊は仏教徒全てが火葬を行うよう指示したわけではないし、仏教＝火葬ということにはならない。しかし日本では、遺体は火葬場に、葬儀は仏教僧侶に託されたのである。</p>

<p><br />
<strong>火葬という文化</strong><br />
　ここで、"遺体の処理"と"葬儀"を明確に分けておきたい。双方は一連のものとし見てしまいがちだが、"遺体の処理"は、燃やすのか、土に埋めるのか、といった遺体そのものの扱いであり、"葬儀"は、遺体の処理の前後に行われる、死者に敬意を表す儀式である。もちろん、この二つは切っても切り離せない関係にあり、相互に関連があるのだが、"遺体の処理"はその地域の習俗と、"葬儀"はその時代の宗教と深く関わりがあると見ることができるのではないだろうか。<br />
　ヒンドゥー教が主流のインドでは、古くから火葬が一般的だ。仏陀が火葬にされたのも、当時のインドでは聖者の葬送としては一般的なことだったと見てよい。ヒンドゥー教徒は、炎によって魂が天へ運ばれると考えた。一方で、インド仏教を最も正確に受け継いでいるとされるチベットでは、現在も天葬（鳥葬）が一般的であり、火葬されるのは高僧や高官に限られている。さらに、ダライ・ラマのような最高位の僧侶はミイラとして塔に収められる。宗教的には、魂の抜けた身体は物体に過ぎず、鳥への施しにもなるという仏教的意味と、魂を天上に運んでもらうという民間信仰的意味が見いだせる。しかし地理条件的に見れば、チベットは雪に覆われた高地であるために火葬に用いる薪が手に入りにくく、土葬に適した広い土地もない、という現実もある。<br />
　火葬という行為には、とらえかたによって多様な意味が見いだせる。遺体を無くすことから、死者が復活できなくなると考える文化は多い。中世ヨーロッパの魔女狩りにおいては、魔女を復活させないという破壊的意味で行っていた。復活を重視するキリスト教やイスラム教が一般に火葬をきらう理由もここにある。反対にインドでは、肉体をなくすことによって解脱して天上に帰れるとして肯定的にとらえる。炎に包まれることから遺体が浄化される、あるいは煙とともに天に昇るという考えがある一方で、燃やすことを遺体への侮辱ととらえる文化もあるのだ。また、現実的観点から見ると、設備の不十分な所では遺体を焼くことによって異臭が広がるという問題はあるが、腐敗させるよりは衛生的な場合もある。日本のように人口が多く国土の狭い地域では、灰にすることで埋葬場所の節約になるという現代的な事情も考慮しなければならない。<br />
　日本では火葬が当たり前のことのようになっているが、世界的に見ると遺体の処理方法は一様でなく、それぞれの文化がもつ習俗に宗教的意味付けが加わり、歴史的経過と相まって現在のような形になっていることがわかる。</p>

<p><strong>現代の日本と仏教式葬儀</strong><br />
　日本人のほとんどが寺で葬式をあげるようになったのは、江戸時代の檀家制度によるところが大きい。徳川幕府はキリスト教を禁止するため、全ての民衆に檀徒となることを義務づけた。一人一人が宗門人別帳に記載され、これが戸籍のような役割を果たした。やがて一家が一つの寺を菩提寺として所属し、代々檀家として寺を支えるようになった。以来、子孫は同じ寺の墓に葬られてきたが、現在では単なる習慣と化してしまったために、多くの人は仏教式の葬式をあげることに疑問をもたないかわりに関心ももたない。その一方で、寺が檀家以外には門を閉ざすようになったため、誰にでも開かれている神道の神社とは異なり、近付き難いものになってしまった。<br />
　多くの日本人は、寺にあまり明るいイメージを持っていない。観光として立派な仏像を見て回ることはあっても、一般的には葬式や墓参り、つまり死に関わること以外に、機能としての寺には用がないものだ。<br />
　宗教の重要な機能の一つに、人間が最も恐れる死を説明し、恐怖をとりのぞく、というものがある。あとからやってきた外来の宗教である仏教は、死について新しい概念をもたらした。しかし現代の仏教がそれを人々に伝える機会は、葬儀のときだけである。<br />
　日本では宗教教育ということはほとんど行われない。宗教問題となると過剰反応し、腫れ物を触るような扱いである。それでいて、人の死に際しては、何か儀式を行わなければ気が済まない。葬送という行為は、もっと原始的な、先祖を敬う気持ちや死を恐れる気持ちからきているのだ。古くは約6万年前のネアンデルタール人でさえ、遺体に花を添えるようなことを行っていたという説もある 。宗派による葬式の手順は、形式にすぎない。しかし、その儀式を通じて、死というその人の人生最後のイベントと向き合うのだ。仏陀が一般信者に葬儀の方法を指示して去ったのも、それが人々の信心のためには必要なことだったからなのだろう。<br />
　葬式は、残された人々のために行うものだとも言える。個人を悼み、敬うことで、その死を受け入れ、乗り越えることができる。仏教的に言えば、死を悲しむのは修行の完成していない証拠だ。『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』にも、修行の浅い弟子たちの嘆き悲しむ悲痛な姿が描かれている。しかし、なかなか一般人がそんな境地に至れるものではない。ましてや現代のように、人が死んで初めて寺へ行くような状況では、親しいものの死を容易に受け入れることができようか。</p>

<p>　近年、スピリチュアルケアやターミナルケアということが注目されつつある。スピリチュアルケアとは、死を迎えつつある末期患者の抱える精神的痛みを緩和しようというものである。仏教に限らず、宗教者はこのような死に直面する場面で重要な役割を果たしてきた。刑務所では、教悔師が死刑囚と話をし、死刑執行を前に気持ちを落ち着かせるというようなことも行われている。宗教が全ての人の救いとなるとは言えないが、長く受け継がれてきた智慧には誰しも学ぶところがあるはずである。<br />
　自分の明確な意志で無宗教葬を選んでいる人はともかく、現代の日本人の多くは、死後は寺に葬られるとわかっていながら、積極的に仏教と関わろうとはしていない。そこには、死と向き合うのを先延ばしにしたいという気持ちもあるのかもしれない。しかし、死後に戒名をつけるということは、仏教寺院に迎えてもらうために、死んでからあわてて仏弟子となるということである。その本来の意味は忘れられ、大枚をはたいて院居士などをつけた立派な名前をもらうことが大切だというような風潮がある。死後に戒名をつけてもらい、仏となって寺に葬られることを受け入れているのなら、それが何を意味するのか、考えるべきだろう。<br />
　無論、仏教の側からも、一般人に対して、現代の事情に即したアプローチをする必要があるだろう。誤った考えを持つ宗教者の起こす事件の影響で、現代の日本人が宗教に偏見を持ち離れていく中で、なお最期を任せられている宗教というのは、人のー生の中で重要な役割を持っているといえるのではないだろうか。人の死を送る手伝いをするなら、人が死を迎える準備も、仏教にはできるはずである。</p>

<p>2008/12/08 高野山大学院： 仏陀の伝記（担当教員/谷川泰教）レポートとして<br />
2010/05/22 一部改訂</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/05/22164543.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 22 May 2010 16:45:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>深沙大将立像：存在し得ないリアリティ</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100520_jinjyataisho.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100520_jinjyataisho.jpg" width="100"  class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0px;" /></span>　高野山霊宝館に常設展示され、仏像愛好家の間でも人気の高い深沙大将立像。霊宝館の中でもひときわ目を引く異形の像である。向かい側に立つ執金剛神像と合わせ、鎌倉時代、快慶の作と推定されている。<br />
　逆立った髪、なびく衣、隆々とした筋肉に浮き出た血管、そして力強いポーズ。静かに真正面を向いた如来や菩薩の像に比べると、躍動感にあふれ、"リアル"な迫力を感じるのではないだろうか。しかし、このような姿の実体が存在し、仏師がそれをモデルにしたということではもちろんない。<br />
　深沙大将立像には、髑髏の首飾りや、像の顔を穿いた脚、腹部の童子の顔等、人々の注目を集める異様な表現が数多くある。しかし、この異形の姿にリアリティを与えている力強い肉体こそが、実はあり得ないのである。<br />
　まず目を引くのが、腹部の八の字に盛り上がった瘤状の連なりである。力強く逞しく見える表現だが、実際の人体の筋肉はこのような構造をしていない。外腹斜筋の表現ととらえる人もあるようだが、肋骨弓の誇張表現ではないだろうか。胸部の中程に横に走る溝も、肋骨のイメージが大胸筋の隆起と混ざってしまったように見える。そして、鍛えられた上肢に対し、下腹部はぽっこりとして全く筋肉が感じられない。一体どのような鍛え方をすればこのような身体になるのだろうか。</p>

<p>　深沙大将立像のこれらの誇張された肉体表現や、上半身裸で下方を睨みつけるポーズは、同時代に多く作られた仁王像とよく似ている。天平時代、立体像としては日本最古の仁王とされる法隆寺中門の仁王像にも、同様の特徴は既にあらわれていた。唐代の中国において様式化されていた仁王像の影響を受けたものである。<br />
　鎌倉から江戸期にかけて、これらの肉体表現の特徴はさらに様式化され、単なる装飾と化していくことになる。例えば、腹部の八の字の隆起が横一文字になったり、それがさらに三列になったりと、完全に元の意味が失われてゆくのである。時代が進むにつれてリアリズムから遠くなってしまうとはおかしなことだが、模倣は、劣化を伴うという事実のあらわれでもあろう。仏師たちは人間のモデルを使うことなく、過去の作品の複製を繰り返すことで仏の姿を伝えようとしてきたのである。そういった流れの中にあって、慶派は独自の美意識で現実を超えたリアルさの表現に到達した希有な例であろう。</p>

<p>　快慶と同じく慶派の定慶の作である興福寺の仁王像は、小振りで人間サイズだ。上肢と腹部はバランスよく鍛えられ、極端な誇張がなく、より現実の人体に近い。しかし、解剖学的に正しい人体と、解剖学を無視した誇張表現と、尋常ならぬ迫力を感じさせるのはどちらであろうか。そもそも深沙大将は人ではないのだから、人に似せて作ることは、必ずしもリアリズムの追求とはならない。<br />
　気持ちの上で感じる"リアルさ"と実際の"リアル"には、しばしばギャップが生まれる。偉大な存在を思うとき、心のなかでのイメージは大きくなりがちだ。大幅なデフォルメを加えて、ようやく釣り合うのである。深沙大将のような常人を超えた存在の"リアルさ"を表現するには、リアルを超えていなくてはならないのである。</p>

<p>2009/08/16, 高野山大学院, 日本密教美術（担当：森雅秀先生）レポートとして</p>

<p><br />
参考：<br />
高野山霊宝館【収蔵品紹介：仏に関する基礎知識：深沙大将】<br />
<a href="http://www.reihokan.or.jp/syuzohin/hotoke/ten/jinjya.html" target="_blank">http://www.reihokan.or.jp/syuzohin/hotoke/ten/jinjya.html</a><br />
写真のカッコイイしおりも、霊宝館で購入可能。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/05/20185503.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/05/20185503.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 20 May 2010 18:55:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>高野山：蓮華定院</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100516_rengejoin.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100516_rengejoin.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>もう何度目になるか分からない高野山。<br />
下界とは比べ物にならない寒さですが、今はシャクナゲが見頃で、町を美しく彩っています。<br />
高野町は町長選の真っ最中。マイクを持ったお坊さんまで載せた選挙カーが、小さな町内を走り回っています。</p>

<p>今回は町のはずれ、真田家ゆかりの蓮華定院の宿坊にお世話になりました。<br />
こちらも「蓮華式生活設計」というタイトルでやっていますので、以前から気にはなっていたのですが。。</p>

<p>実は今回は、<a href="http://www.lfd.jp/life/archives/2010/03/18103045.html">2月のインド、デプン・ゴマン巡礼</a>で知り合った樹安兄のご紹介で、蓮華上院の上綱さま（住職）に僧名をいただき、徒弟となるための訪問なのです。不思議なご縁です。</p>

<p>上綱さまは英語が堪能で、法話や瞑想指導も完全バイリンガルで行われるので、宿泊客はとにかく国際色豊か。<br />
３泊の滞在中にも、フランス人、オランダ人、インド人、スイス人。。と様々な国の方が訪れていました。晩の入浴時には日本人は私だけ、という状況に。<br />
廊下に掲示してあったフランス語のミシュランガイドを見ると、三ツ星の「Koyasan」の項目に、「Rengejo-in」の名と、英語完璧、の記述が。。道理で。</p>

<p>高野山を訪れる外国人は、やはり日本文化や仏教への関心が高く、色々と難しいことを聞いてきます。もっと勉強しておかないと、、と思うと同時に、外国人が興味を持つ点にこそ、日本の若い人に仏教を伝えるためのヒントがあるように思ったのでした。</p>

<p>上綱さまからいただいた名前は「寂洋」。<br />
「あなたという海（「洋」）の中に色々な川が流れ込んでくるでしょう。その中には荒れた川もあるでしょう。そんな荒れた川も、あなたの中で静か（「寂」）になるように」。<br />
感動して、ちょっと涙が出ました。</p>

<p>石橋法衣店で法衣を一式揃え、大学での得度習礼（僧侶になる儀式のリハーサル）も無事終了。<br />
同期にも恵まれ、尼僧同士助け合って乗り越えられそうです。</p>

<p>来月には「ただいま」と言って、また蓮華定院の門（いや、くぐり戸かな。。）をくぐるつもりです。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/05/16130049.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">［travel］</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 16 May 2010 13:00:49 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>Dr.バリー - 瞑想とはなにか</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100429_barry1.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100429_barry1.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>4月29日（木・祝）、代々木のアンダー・ザ・ライト ヨガスクールで、<a href="http://www.underthelight.jp/news/2010/03/429_dr.html" target="_blank">チベット仏教僧Dr.バリー・カーズィンによる講演と瞑想実践会、「瞑想とは何か？  」</a>がありました。</p>

<p>会場は満員で、開始時間が押してしまったほど。<br />
これほどチベット仏教や瞑想に関心が高まっているというのも驚きです。</p>

<p>わかりやすくユーモアのあるお話で、瞑想をする意味について学びながら、呼吸に集中する瞑想や、慈悲の瞑想も実践しました。<br />
<div style="clear:both;"></div><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100429_barry2.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100429_barry2.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span></p>

<p>瞑想とは生き方であり、慈悲の心を育てるトレーニング。<br />
心がフレッシュな朝などに、短くてもいいから毎日続けることが大切だそう。</p>

<p>Dr.バリーのあたたかい人柄に触れ、優しさに満たされたワークショップとなりました。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/30174034.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/30174034.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊チベットとダライ・ラマ＊</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 30 Apr 2010 17:40:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>薬師如来の灌頂 - 所作タントラ</title>
            <description><![CDATA[<p>デプン・ロセルリン学堂のリンポチェより、薬師如来の灌頂を授かりました。<br />
<a href="http://www.potala.jp/news/100308/10bymspa.html" target="_blank">ポタラカレッジ：大阿闍梨チャンパ・リンポチェ師によるチベット密教の伝授</a></p>

<p>灌頂を受けるのは初めて。それも、結縁灌頂や許可灌頂ではなく、所作タントラの完全な灌頂です。</p>

<p>灌頂を受けると、自分を薬師如来として観想することが許されるのです。<br />
仏教では普通、慢心を起こすことはよくないことですが、密教では敢えて、自分が仏であるという慢を起こす。欲や慢を表わす仏もいるほどです。面白いことですね。</p>

<p>今回は無上瑜伽タントラの灌頂を受けるチャンスもあり、順番に受けなければいけないわけでもないようだったのですが、真言宗での得度もまだなので、今回は見送ることにしました。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/18180953.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/18180953.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊チベットとダライ・ラマ＊</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 18 Apr 2010 18:09:53 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>『死者の書』折口信夫×川本喜八郎</title>
            <description><![CDATA[<div style="float:left; width:200px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000V9QY9Q/lfd-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41qyBcJ0hbL._SL160_.jpg" alt="死者の書 [DVD]" style="border: none;" /><br>『死者の書』DVD</a></div>
<div style="float:left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122034426/lfd-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515S2PDXE1L._SL160_.jpg" alt="死者の書・身毒丸 (中公文庫)" style="border: none;" /><br>『死者の書・身毒丸』折口信夫 (中公文庫)</a></div>
<div style="clear:both;"></div>

<p><br />
折口信夫の美しい幻想文学『死者の書』を、<br />
あの人形劇三国志の川本喜八郎が人形アニメーションに！</p>

<p>これだけでもすごそうですが、ナレーションに岸田今日子（ムーミンパペットアニメ ナレーション）、主役の郎女（いらつめ）に宮沢りえ（Yonda?パペットアニメ ナレーション）と、パペットアニメ界ではおなじみ？のお二人をはじめ、観世銕之丞、黒柳徹子、榎木孝明、江守徹、三谷昇というそうそうたる声優陣。</p>

<p>物語の下敷きとなっているのは、<a href="http://www.taimadera.org/" target="_blank">奈良の當麻寺</a>に伝わる中将姫伝説。</p>

<p>當麻寺というのがまた、かなりのいわくつきで。。<br />
當麻曼荼羅という見事な織物が伝わっているのですが、阿弥陀浄土図なので浄土宗のお寺かと思いきや、空海が参籠したこともあり、真言宗との兼宗（そんなことも可能なんですね）で、むしろ密教法要が中心だとか。<br />
そして當麻曼荼羅は、曼荼羅のように見える浄土図、と見えてやっぱり曼荼羅の本質をも備えているのです。</p>

<p>伝説によれば、阿弥陀仏に会いたいと願った中将姫の元に表れた化尼が、蓮の茎からとった繊維で阿弥陀浄土図を織り上げ、中将姫に絵解きしてみせたのだと言います。</p>

<p>仏教図像研究者としては、パワポならぬ曼荼羅の前でプレゼンする化尼の姿は憧れです。<br />
當麻寺では今も独特な節回しによる曼荼羅絵解きが行われているとのこと。</p>

<p>毎年5月の中将姫縁日に行われている練供養というのがまた異様で、仏様のお面をかぶった演者たちが、中将姫の成仏の場面を再現するというもの。<br />
今年は5月１4日に行われるようなので、ぜひ行ってみたいと思っています。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/13165903.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/13165903.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊人形とロボット＊</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">［movie］</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 13 Apr 2010 16:59:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>マイスピ「ダライ・ラマって何者なの？ 」</title>
            <description><![CDATA[<p>先日<a href="http://www.myspiritual.jp/" target="_blank">マイスピ</a>というサイトの取材を受け、<br />
「ダライ・ラマって何者なの？ 」という連載記事が掲載されました。</p>

<p>『スピ野郎・マサムネ君』という４コマ漫画です。<br />
私も出ているのですが、漫画家の菅原県さんがだいぶ可愛く描いてくれました。<br />
自分が漫画になってキャラクターと一緒にいるというのは、なんだか不思議ですね。</p>

<p><a href="http://www.myspiritual.jp/entertainment/comics/" target="_blank"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100408myspi_logo.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100408myspi_logo.jpg" width="473" height="66" class="mt-image-none" style="" /></span><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100408myspi_capcha.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100408myspi_capcha.jpg" width="300" height="266" class="mt-image-none" style="" /></span></a></p>

<p><a href="http://www.myspiritual.jp/2010/03/5-1-2.html" target="_blank">ダライ・ラマって何者なの？ その1［スピ野郎・マサムネ君 第5回］</a></p>

<p><a href="http://www.myspiritual.jp/2010/04/6-1.html" target="_blank">ダライ・ラマって何者なの？ その2［スピ野郎・マサムネ君 第6回］</a></p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/08155126.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/08155126.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊チベットとダライ・ラマ＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 08 Apr 2010 15:51:26 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>お釈迦様の誕生日</title>
            <description><![CDATA[<p>本日４月８日は、お釈迦様の生誕を祝う灌仏会。<br />
。。ということになっています。日本では。</p>

<p>これは本来、旧暦の４月８日に行われるべきものです。韓国などでは、現在も旧暦に従っているようです。<br />
日本では七夕など、本来旧暦で行うべき祭りを新暦の日付で行ってしまうために、祭り本来の意味を失ってしまっている例が多くあります。<br />
それにしても、お釈迦様のお誕生日は本当に旧暦４月8日なのでしょうか。。？</p>

<p>そもそも、釈尊の誕生年には多くの説があり、学術的に信憑性の高いものだけに絞っても、その間には100年もの開きがあります。にもかかわらず、特定の日にちが釈尊の誕生日として、現在に至るまで毎年各地で盛大に祝われているのはなぜなのでしょうか。</p>

<p>東アジアに伝わる旧暦４月8日説は、アシュヴァゴーシャ（馬鳴）によって書かれた『ブッダチャリタ』という仏伝の漢訳、『仏所行讃』が元になっているようです。<br />
アシュヴァゴーシャは、2世紀の詩人。つまり、お釈迦様の入滅（紀元前4~5世紀頃）から600年も後の作家です。その内容はサンスクリットによる美しい叙事詩で、伝説によって飾られた読み物であって、史実を伝えているとは言い難いものです。<br />
『ブッダチャリタ』によれば、釈尊が誕生したのは「プシャの星座が澄んできたとき」となっています。それが漢訳ではなぜか具体的に「４月8日」となっているのです。プシャとは、中国の宿曜でいうところの鬼宿で、蟹座の星。このことと何か関係があるのでしょうか。</p>

<p>スリランカなど東南アジアの南伝仏教の国々では、釈尊の生誕と成道、入滅を記念するウェーサク祭を仏歴5〜６月の満月の日、西暦4〜５月頃に行っています。チベットではサカダワ祭といい、チベット暦４月15日にあたります。<br />
ウェーサクとは、インド暦2月、ヴァイシャーカ月のこと。大乗の代表的仏伝『ラリタヴィスタラ』には、釈尊はヴァイシャーカ月の満月の日に母親の胎内に入った、とあります。これは、旧暦４月１５日にあたります。しかし、ここで注意しなければならないのは、この日は「入胎」の日であって、「誕生」はその十ヶ月後だということです。<br />
「４月１５日」という日付があくまで象徴にすぎないことは、この日が誕生のみならず成道、入滅の日でもあるとされていることからもうかがえるでしょう。</p>

<p>仏伝の中の曖昧な記述が、地域を越えて伝わる際に別の暦に移し替えられ、ある時はそのまま、ある時は変換されて日付が伝わった結果、現在のようにいくつもの説が生まれ、それでも大切に伝承され、祝われているのです。</p>

<p>インドの円環的時間感覚の中で育まれた仏伝を、直線的な時間軸の中でいつ起きた出来事なのか議論することは無意味なことなのかもしれません。釈尊の説法は輪のように回り続け、ヴァイシャーカ月の満月は毎年巡って来るのですから。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/08133652.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/04/08133652.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 08 Apr 2010 13:36:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>インド：仏教の旅　ムンドゴッド　デプン・ゴマン学堂</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="1002_drepung1.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/1002_drepung1.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>2月の終わり、<a href="http://www.mmba.jp/index.html" target="_blank">文殊師利大乗仏教会(MMBA)</a>の皆さんとともに、南インドのデプン・ゴマン学堂を訪ねてきました。</p>

<p>カルナータカ州、ムンドゴッドのチベット人居住区。<br />
バンガロールから飛行機で1時間のフブリの街から、さらに車で1時間ほど。<br />
そこにチベット仏教ゲルク派の中心的寺院、デプン寺とガンデン寺があります。<br />
チベットにあった寺は破壊され、亡命僧侶によってこの地に復興されているのです。</p>

<p>3,000人のお坊さんが暮らすお寺の街。<br />
行き交う人はほとんどが赤い法衣のチベット仏教僧。<br />
高野山のチベット版といったおもむきです。</p>

<p>デプン寺の朝は、僧侶たちが経典を暗唱する声と、にぎやかな鳥の声ではじまります。<br />
通りの方ではミルクやパンを売りに来るインド人の声も。</p>

<p>インドの食事といえば普通は３食カレーですが、ここではご飯やチベットの平たいパンに、野菜中心のおかずをいただきます。</p>

<p>今回滞在したのはデプン寺の中のゴマン学堂のゲストハウスですが、デプン寺にはポタラカレッジのラマたちの出身であるロセルリン学堂もあります。</p>

<p>チベットのお寺では、本堂にダライ・ラマ法王の玉座があり、等身大？のパネルが坐っています。建物の最上階には法王専用の部屋があり、いつでも宿泊できるようになっています。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="1002_drepung2.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/1002_drepung2.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>チベット人たちは2月14日にロサル（旧正月）を迎えたばかり。ガンデン寺では神変大祈願祭の法要が行われていました。</p>

<p>すぐ近くのサキャ寺では、サキャ派の若い僧侶たちが朝から1日かけて砂曼荼羅を作る様子も見ることができました。</p>

<p>短い滞在の間に、ガンデン座主やゴマン学堂長、前学堂長ケンスル・リンポチェ、まだ若い転生ラマのクンデリン・リンポチェなど、多くのラマとお会いすることができ、とても貴重な機会を得ることができました。<br />
授けていただいたスンドゥ（お守り紐）や数珠、お線香などのお土産で帰りのバッグはいっぱいに。</p>

<p>インドの街の喧騒から遠く、静かで落ち着いた街。<br />
<a href="http://www.lfd.jp/life/archives/2009/10/28144344.html">前回のデリー〜バラナシ</a>とは全く違ったインド・仏教の旅となりました。</p>

<p>体に優しいごはんとお坊さんたちの祈りで、<br />
心も体も浄化された4日間でした。</p>

<p>#<br />
広島の龍蔵院には、デプン・ゴマン学堂日本別院があり、チベットのお坊さんたちが本物のチベット仏教を伝えています。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/03/18103045.html</link>
            <guid>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/03/18103045.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊チベットとダライ・ラマ＊</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">［travel］</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 18 Mar 2010 10:30:45 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>雲水星覚の暁天坐禅</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100312_zazen1.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100312_zazen1.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>3月から、代々木の<a href="http://www.underthelight.jp/" target="_blank">アンダー・ザ・ライト ヨガスクール</a>で朝の坐禅クラスがはじまりました。</p>

<p>平日朝6:30〜8:30。<br />
代々木にプチ永平寺が出現します。</p>

<p>ご指導くださるのは、永平寺で３年間の修行を積んだ雲水であり、なんとイケメン俳優でもある樋口星覚さん。</p>

<p><a href="http://www.higan.net/" target="_blank">彼岸寺</a>や<a href="http://www.unsui.net/" target="_blank">雲水喫茶</a>の運営など、幅広くご活躍されています。</p>

<div style="clear:both"></div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100312_zazen.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100312_zazen.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>時間内なら出入り自由な随意のクラスではありますが、ただ集まって坐るだけの場所ではありません。

<p>永平寺の作法に従って、道場を清掃し、只管打坐し、読経して朝課を勤め、おかゆをいただきます。</p>

<p>出勤前に坐禅で身も心もすっきり、なんていかがですか?</p>

<p>私も見習いとして、お手伝いしながら修行しております。</p>

<p><a href="http://www.underthelight.jp/class/zazen.html" target="_blank">暁天坐禅@UTL<br />
http://www.underthelight.jp/class/zazen.html</a></p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/03/12221603.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊仏教と坐禅瞑想＊</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 12 Mar 2010 22:16:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>チベット医学　Dr.ドルジェ来日</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100305_dorjee.jpg" src="http://www.lfd.jp/life/archives/images/100305_dorjee.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>南インド バンガロールから、チベット医学の権威、Dr.ドルジェ・ラプテン・ネシャール氏が来日しました。</p>

<p>チベット医学は、インドのアーユルヴェーダとよく似ていますが、占星術とも関連があり、仏教の教えと一体となっているのが最大の特徴です。</p>

<p>私もDr.ドルジェに個人診断をお願いしましたが、脈をみるだけでいろいろなことを当てられてしまいました。<br />
私はルン（風）の体質なので、とにかく冷たいものはダメとのこと。<br />
食生活について詳しいアドバイスをもらい、身体のエネルギーのバランスを整えるお茶を処方してもらいました。<br />
<div style="clear:both;"></div>その後、オープンセンスさんにて「健康と食生活・ライフスタイル 」の講義を拝聴。<br />
素敵なチベットの伝統衣装チュパを着たお弟子さん、Dr.ツェリンからも、チベット医学の古典『ギュー・シ（四部医典）』の内容について興味深いお話を聞くことができました。</p>

<p><br />
アンダー・ザ・ライト リトリートでは「<a href="http://shop.utlr.me/?pid=19005341" target="_blank">チベット医学の視点からみた 女性の健康</a>」と題した講義が行われました。<br />
参加者にヨガをしている人が多いということで、急遽チャクラについてのお話を入れてくださり、皆さん興味津々。。充実の講義となりました。</p>

<p><br />
世界中でもわずか２００人しかいないといわれるアムチ（チベット医学ドクター）のDr.ドルジェ。<br />
ダライ・ラマ法王の前主治医の弟子で、多忙なため彼の弟子でさえもなかなか会うことが出来ないとのこと。<br />
幼い頃にチベットからインドへ亡命し、高度な教育を受け、ダラムサラのチベット医学大学を優秀な成績で卒業。現在はダラムサラ・チベット亡命政府厚生省チベット医学中央委員会会長。</p>

<p>そんな偉大なDr.ドルジェですが、とても明るくて、話し出したら止まらない熱心なおじさま。<br />
なんと私のチベット語の先生の、実のお兄さんでもあります。<br />
わずかに知っているチベット語でお話してみましたが、「あいつはそれしか教えてないのか！」と笑われてしまいました。。<br />
4月から改めて勉強して、次回お会いしたらいろいろお話しできるようにしようと思ったのでした。</p>]]></description>
            <link>http://www.lfd.jp/life/archives/2010/03/07104744.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">＊食事と代替医療＊</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 10:47:44 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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