根津美術館「いのりのかたち -八十一尊曼荼羅と仏教美術の名品」展。週末の最終日に行ってきました。
リニューアルしたばかりの根津美術館は、展示室はこぢんまりとしているけれど、ラウンジなどには贅沢に空間を使った憩いの場でもありました。
もちろん八十一尊曼荼羅もとてもすばらしいものでしたが、今回の展覧会でとくに印象に残ったのは、次のようなものでした。
『大威徳明王像』
→根津美術館:大威徳明王像
大威徳明王は、サンスクリット名をヤマーンタカ(死神ヤマを倒す者)、またはヴァジュラバイラヴァ(金剛の畏るべき者)といい、チベット仏教でも広く信仰を集めています。その名の通り恐ろしげな憤怒形に多面多臂の尊格です。
水牛の背に片足を大きく上げて立ち、火炎に包まれて斜め下方に向かうダイナミックなポーズとその憤怒の表情。本来は修法のための本尊であって観賞用ではないのでしょうが、いつまでも見飽きない、躍動感あふれる尊像です。
『十二因縁絵巻』
→根津美術館:十二因縁絵巻
鬼の姿で表現された十二因縁を、中国風の王様が順番に倒していくというストーリー仕立ての、非常に面白い絵巻です。絵巻は日本のマンガの原点とよく言われますが、これはまさにマンガ。キャラクターデザインがすばらしく、愛嬌のある鬼たちがちょっとかわいそうになってしまうくらいです。
『絵過去現在因果経』
→根津美術館:絵過去現在因果経
こちらも絵巻。和風の王子姿のゴータマ・シッダールタが出奔する様子が描かれています。
いずれも鎌倉時代の絵画作品で、民衆の方を向いた、その時代の新しい仏教表現を感じます。現代には現代に合った、新しい仏教芸術が必要なのかもしれません。
急ぎ足で回ったので庭園を散策する時間がありませんでしたが、こんどは和服を着て行って、カフェでゆっくりしてみたいところです。

私の中では、ルドンといえば「キュクロプス」であった。大きな一つ目が顔の真ん中でこちらをじっとみつめている巨人。いや、その視線の先にあるのは、かなわぬ恋の相手ガラテアだ。その不恰好な姿と悲しみに似合わぬほどのやさしい色彩に満ちた風景。その中で、そこだけ世界が違うような、モロー風のファム・ファタルの繊細な姿。たぶん、はじめは何か美術の教科書で見たのだと思う。童話の一場面のようで、どこかゆがんだ寂しさがあって、とても好きだった。首をかしげた巨人の優しい顔と、「オディロン・ルドン」の名とその独特な色使いは、私の記憶に刻まれた。
会場の入り口では、あの笑う「蜘蛛」のアニメーションが迎えてくれた。そのほとんどが黒一色の作品で構成された会場。不安をたたえた、いびつな黒の世界。紙の質感と微妙な色が、わずかに温かさを与えているのだと気づく。名前はよく知っていたはずなのに、なんだか知らない画家のように思えた。
モローの絵に初めて出会ったのは、中学の終わり頃と思う。きっかけは覚えていない。サロメであることは確かなのだが、ビアズレーより前であったのか、どうか。渋谷の東急文化村あたりの、世紀末をテーマにした展覧会の中の1点、だったのかもしれない。
簡単に食事をすませたい日、よくパスタをつくります。いろいろな太さや形をそろえておいたり、シーズニングを買っておけば、ちょっと手を加えるだけでいろいろなバリエーションができるし、ほとんどがゆでて和えるだけと簡単。
髪を切りました。
六本木ヒルズ森タワーの最上階に位置する
何かを表現しようとしている人なら、「オリジナリティ」という言葉に、何度かつまづいているんじゃないでしょうか。オリジナリティのある音楽。オリジナリティのあるデザイン。オリジナリティのある文章。。
冬も終わりのある日のことです。お茶をいれようとして給茶機の真ん中にカップを置き、左端のウーロン茶のボタンを押しました。
Suicaでお買い物をしてみた。
毎日使っていた
2年ほど前に、オンライン辞書
ゲレンデでみかけた、
昨晩は六本木ヒルズの美術館、MAMにてクサマトリックスの内覧会があり、ひと足お先に体験してまいりました。レセプションはライブラリーカフェのほうで行われましたが、草間彌生氏ご本人もいらっしゃいました。

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