*チベットとダライ・ラマ*アーカイブ

100429_barry1.jpg4月29日(木・祝)、代々木のアンダー・ザ・ライト ヨガスクールで、チベット仏教僧Dr.バリー・カーズィンによる講演と瞑想実践会、「瞑想とは何か? 」がありました。

会場は満員で、開始時間が押してしまったほど。
これほどチベット仏教や瞑想に関心が高まっているというのも驚きです。

わかりやすくユーモアのあるお話で、瞑想をする意味について学びながら、呼吸に集中する瞑想や、慈悲の瞑想も実践しました。


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瞑想とは生き方であり、慈悲の心を育てるトレーニング。
心がフレッシュな朝などに、短くてもいいから毎日続けることが大切だそう。

Dr.バリーのあたたかい人柄に触れ、優しさに満たされたワークショップとなりました。

デプン・ロセルリン学堂のリンポチェより、薬師如来の灌頂を授かりました。
ポタラカレッジ:大阿闍梨チャンパ・リンポチェ師によるチベット密教の伝授

灌頂を受けるのは初めて。それも、結縁灌頂や許可灌頂ではなく、所作タントラの完全な灌頂です。

灌頂を受けると、自分を薬師如来として観想することが許されるのです。
仏教では普通、慢心を起こすことはよくないことですが、密教では敢えて、自分が仏であるという慢を起こす。欲や慢を表わす仏もいるほどです。面白いことですね。

今回は無上瑜伽タントラの灌頂を受けるチャンスもあり、順番に受けなければいけないわけでもないようだったのですが、真言宗での得度もまだなので、今回は見送ることにしました。

先日マイスピというサイトの取材を受け、
「ダライ・ラマって何者なの? 」という連載記事が掲載されました。

『スピ野郎・マサムネ君』という4コマ漫画です。
私も出ているのですが、漫画家の菅原県さんがだいぶ可愛く描いてくれました。
自分が漫画になってキャラクターと一緒にいるというのは、なんだか不思議ですね。

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ダライ・ラマって何者なの? その1[スピ野郎・マサムネ君 第5回]

ダライ・ラマって何者なの? その2[スピ野郎・マサムネ君 第6回]

1002_drepung1.jpg2月の終わり、文殊師利大乗仏教会(MMBA)の皆さんとともに、南インドのデプン・ゴマン学堂を訪ねてきました。

カルナータカ州、ムンドゴッドのチベット人居住区。
バンガロールから飛行機で1時間のフブリの街から、さらに車で1時間ほど。
そこにチベット仏教ゲルク派の中心的寺院、デプン寺とガンデン寺があります。
チベットにあった寺は破壊され、亡命僧侶によってこの地に復興されているのです。

3,000人のお坊さんが暮らすお寺の街。
行き交う人はほとんどが赤い法衣のチベット仏教僧。
高野山のチベット版といったおもむきです。

デプン寺の朝は、僧侶たちが経典を暗唱する声と、にぎやかな鳥の声ではじまります。
通りの方ではミルクやパンを売りに来るインド人の声も。

インドの食事といえば普通は3食カレーですが、ここではご飯やチベットの平たいパンに、野菜中心のおかずをいただきます。

今回滞在したのはデプン寺の中のゴマン学堂のゲストハウスですが、デプン寺にはポタラカレッジのラマたちの出身であるロセルリン学堂もあります。

チベットのお寺では、本堂にダライ・ラマ法王の玉座があり、等身大?のパネルが坐っています。建物の最上階には法王専用の部屋があり、いつでも宿泊できるようになっています。

1002_drepung2.jpgチベット人たちは2月14日にロサル(旧正月)を迎えたばかり。ガンデン寺では神変大祈願祭の法要が行われていました。

すぐ近くのサキャ寺では、サキャ派の若い僧侶たちが朝から1日かけて砂曼荼羅を作る様子も見ることができました。

短い滞在の間に、ガンデン座主やゴマン学堂長、前学堂長ケンスル・リンポチェ、まだ若い転生ラマのクンデリン・リンポチェなど、多くのラマとお会いすることができ、とても貴重な機会を得ることができました。
授けていただいたスンドゥ(お守り紐)や数珠、お線香などのお土産で帰りのバッグはいっぱいに。

インドの街の喧騒から遠く、静かで落ち着いた街。
前回のデリー〜バラナシとは全く違ったインド・仏教の旅となりました。

体に優しいごはんとお坊さんたちの祈りで、
心も体も浄化された4日間でした。

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広島の龍蔵院には、デプン・ゴマン学堂日本別院があり、チベットのお坊さんたちが本物のチベット仏教を伝えています。

091101_dalailama.jpg11月1日朝、ダライ・ラマ法王日本代表部事務局から、とあるホテルへ呼ばれました。
講演のために来日中のダライ・ラマ法王から、謁見の機会を賜ることができるというのです。

知らせを受けたのは3日前。
謁見のお作法など何も分からない私は、何の準備もせず、やや緊張してホテルへ向かいました。
理由は告げられませんでしたが、思えばもう3年も、東京事務所のために翻訳ボランティアをしていたのでした。

控え室に集まったのは、私の他、事務所の手足となってご奉仕されてきた功労者の皆様5名(と小さな坊や)。他の方からお分けいただいたカタ(白いスカーフ)を捧げ持ち、皆様とともに、法王様のご登場を待ちます。

エレベーターの戸が開く音がし、これまでスピーカーを通して親しんできた、低く響く法王様の声がすぐ側で聞こえると、皆の間に緊張が走ります。
部屋に入ってこられると、一人一人の合わせた手を包むようにして、「Thankyou, Thankyou,」と声をお掛けくださる法王様。すぐに坊やに気づいて相好を崩され、優しい笑い声をお立てになります。
記念撮影の後は、ご自分の袋から飴ちゃんを取り出して坊やにあげるという一幕も。。

ただ一言「トゥク・ジェ・チェ(ありがとうございます)」と申し上げるのがせいいっぱい。
あっというまの出来事でしたが、法王様の暖かいお人柄を間近に感じることのできたひと時でした。

お土産に、赤いスンドゥを巻いたチベットのお薬二種類を賜りました。法王様とチベットの僧侶たちが、「オン・マニ・ペメ・フーム」のマントラを唱えて加持したという、マニ・リルプというありがたい万能薬。お守りにしても良いのだとか。

この日は皆さん謁見のために、カタやプレゼント、サインをいただく写真やご著書、カメラなどをお持ちで、なるほどと、手ぶらで来てしまったことを反省。。
きっとまたお目にかかれる日がくると、次回への楽しみを残したのでした。

The Way of the Bodhisattva: Revised Edition (Shambhala Classics)

2009年6月23日〜25日の3日間、バリー・カーズィン博士による『入菩薩行論』研修会に行ってきました。

バリー博士にお会いするのは今年2回目。とても優しくてユーモアのある方です。
アメリカ人医師でありながら、チベット仏教僧として仏教を深く学んでおり、西洋的視点から論理的に分かりやすく説いてくれます。

『入菩薩行論(Bodhicharyavatara)』は、8世紀、ナーランダ僧院のシャーンティデーヴァ(寂天)が著したものです。ダライ・ラマ法王はチベットから亡命する夜、わずかな物しか持ち出せない中、この本を手に取りました。以来、どこへ行くにもこの本を携えて行くといいます。

ダライ・ラマ法王の側で20年間チベット仏教を学んだバリー博士から、その内容をそのまま我々に伝授(transmission)いただけるというのです。
密教ではやはり"師資相承"ということを重視しますから、その系譜の末席に連なることができるというのは、本当にありがたいことなのです。

『入菩薩行論』を学んで実践することで、今世で悟りを得られなかったとしても、来世もまた人間に生まれて修行を進めることができる、いわばセーフティネットになるのだとか。

今回は第5章から第6章を解説いただきました。
内容は、主に身体への執着を離れることについて。そして、我々の見ている現実は真実ではない、ということ。
やはり、"一切唯心造"ということは、心の問題を考える上で常にテーマになってきますね。

講義の始めにはシャマタ瞑想を行い、終わりにはチベットの慈悲の瞑想であるトンレン瞑想をご指導いただきました。
チベット密教でも、真言宗と同様、法界定印は右手が上ですが、博士も理由はわからないとのこと。合わせた親指の先は上に向け、小さな火をイメージするのだそう。トゥモの瞑想で、ナーディを上るルン(風)のエネルギーになるそうです。

今回も、学ぶことの多い3日間でした。
「対人援助者向けワークショップ」や「四国巡礼 with バリー博士」も参加したかったんですが。。
また秋に来日されるとのことなので、次の機会を待つことといたしましょう。

090507_tibet3.jpg新宿の常円寺での「チベット・スピリチュアル・フェスティバル2009」が無事に終了いたしました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
私も、チベットの民族衣装チュパを身につけ、会場でお手伝いをしておりました。

こぢんまりとした会場ではありましたが、チベット文化に触れられた濃密な5日間でした。
今回はタシルンポ僧院から、チベット仏教最高の学位であるゲシェーの称号を持つカーチェン・ロサン・シェーラプ師をはじめ、9名の僧侶が来日しました。
若いお坊様も多く、皆様とても優しくてフレンドリー(常圓寺のお坊様達も!)。来場者の皆様も、チベットと仏教文化に親しみ、理解を深めていただけたのではないでしょうか。

090507_tibet1.jpgゲシェラ("ラ"は敬称)による瞑想指導や法話も連日満員御礼。
華やかな衣装の仮面舞踏や、荘厳な声明、お清めの儀式等、日本ではなかなか見ることのできないチベット仏教の伝統文化もたくさん見ることができました。
お坊様達は仏教の教えの実践のみならず、様々な芸術や学問も修行の一貫として身につけているのです。寺院というのは、文化の中心なのだなと改めて感じさせられます。

そしてなんといっても、注目を集めていたのが砂曼荼羅。お坊様達が、色を付けた砂を慎重に一粒一粒落とし、美しい曼荼羅を作っていきます。その複雑な図案は、完璧に頭の中に入っているのです。制作のはじめから破壇にまで立ち会い、最後にはそのお砂も一人一人にわけていただけるという、またとない機会でした。
長い時間をかけて作り上げた曼荼羅を壊してしまうことは、世の無常を表わしているのです。破壊されて砂の山になっていく砂曼荼羅を目にして、涙があふれる人の姿も。。(私も。。)

090507_tibet4.jpgスタッフはイベントの終わりにゲシェラから一人一人白いカタを掛けていただき、感激の最終夜となりました。お坊様達からお香やお守りまで手渡していただいて、本当に素敵な思い出です。

最後に、Candle JUNEさんの灯すキャンドルを囲み、お坊様達の声明に包まれながら、チベットの平和を祈ったのでした。

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そしてお坊様達は、長野、札幌、愛媛を巡る全国ツアーへと旅立っていかれました。。電車で。お近くの方はぜひ!

ゴールデンウィーク、新宿にチベットがやってきます!

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チベット・スピリチュアル・フェスティバル2009
期間:2009年5月1日(金)〜5日(火)
◆会場:常圓寺(東京都新宿区)
◆会費 : 通し券 5,000円/一日券 1,500円

私が翻訳ボランティアとしてお手伝いさせてもらっているダライ・ラマ法王日本代表部事務所の主催で、ゴールデンウィークの5日間、チベット・スピリチュアル・フェスティバルが開催されます。
場所は新宿駅から徒歩5分の常圓寺。小田急ハルクの先です。
当日券も十分あるようなので、お気軽に出かけてみてください!

今年はタシルンポ僧院から、9名の僧侶をお呼びしているそうです。
チベットのタシルンポ僧院は、ダライ・ラマ法王に次ぐ精神的指導者パンチェン・ラマ師の寺院であり、重要な仏教文化の中心です。現在はインドのダラムサラに再建され、伝統を守っています。

日本ではめったにみられない砂曼荼羅を制作段階から見ることができたり、伝統的な仮面舞踏や、チベット人が作る本格的なバター茶を楽しむことができます。(食べ物は出ないようなので、おやつはご持参を。。)タシルンポ寺グッズの販売もあります。

砂曼荼羅は完成したら最後に壊してしまうのですが、最終日にはその砂を隅田川に流す儀式を見学することもできるそうです!

5月5日(火)砂曼荼羅の砂を隅田川に流す儀式&キャンドルナイトのご案内


当日は、私もどこかでチベットの民族衣装を着てお手伝いしているかもしれません〜。

アメリカ人医師でありながら、チベット仏教僧として修行を続けるバリー・カーズィン博士
この度来日し、「チベット仏教から学ぶ生き方の智慧 --『危機とコンパッション』--
〜危機のときほど、他者に対する慈悲(コンパッション)を持つことで自身の幸福が生まれる〜」と題した講演が行われました。

バリー博士はとてもお茶目で暖かい方です。難しくなりがちな仏教哲学を、科学者らしく論理的に、分かりやすく順序立ててお話くださいました。

「危機」とは、私たちが陥る怒りや悲しみ。そんな時、私たちは視野が狭まり、閉じこもってしまいがち。いかにして心を開き、広い視野を持てるようにするか?

深い苦しみは、私たちが現実を正しく見ることができず、見かけと真実の間にギャップがあることから起こるもの。

「コンパッション」は仏教的には"慈悲"と訳されますが、これこそが、そのギャップを埋め、真実に近づき、苦しみを取り除くための智慧だとバリー博士はいいます。

コンパッションは、親が子を愛するような生物として当然のものから、見知らぬ人への愛、そしてさらには自分の敵に対するものまで、段階的に拡げていくことができます。
もちろん、一朝一夕にできるものではなく、オリンピック選手が日々トレーニングを積んで金メダルを手にするように、常に修練しなければなりません。

まずは、他の人がしてくれた親切を思い出す。相手の意図しない、結果として自分の助けになったようなことまで想いを馳せます。そして、仏教的輪廻転生の考えにより、他人も前世では自分の母親だったかもしれないと考える。さらには、自分を傷つけようとする敵でさえも、自分が成長するきっかけとなり、意図せず自分の教師となってくれていると考える。

そんな風に想いを巡らせるだけでも、その間は自分の悩みから離れることができます。

自分の怒りや苦しみを抑圧するのではなく、しっかりと向き合う。そしてコンパッションによって、歪んだ見せ掛けの世界から、真実に近づいていく。
近道はないけれど、心を訓練することで、苦しみから離れ、幸せになれるのだと教えられました。

バリー博士は6月〜7月にも再来日し、『入菩薩行論』研修会などを行ってくださるようです。
今回は研修には参加できなかったので、次回を楽しみに待つことにします。

090119_jyako.gif日本で暮らすチベット人が、どうしても食べられないものがあるといいます。
納豆や漬け物ではありません。
それは、煮干しやちりめんじゃこのような小魚。

チベット人は仏教をとても深く信仰していて、輪廻についての考えが定着しています。
この小魚も、前世では自分のお母さんだったかもしれない。来世では自分の友達になるかもしれない。。

大きくても小さくても、命一つの価値は同じ。
大きな動物をみんなで分けて食べることよりも、ひとりでたくさんの小魚を食べることに抵抗があるのだそうです。


だから、中国人のことも本当に兄弟だと思っていて、憎んではいない。

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表のラクパ・ツォコさんから聞いたお話です。


#ちなみに、xian氏はじゃこをみるといつも「ジェノサイド。。」とつぶやいています。食べてますけど。

台湾のブラック・メタルバンドChthoniCがダライ・ラマ法王に謁見、という記事を翻訳しました。
(記事リンクは後日)
台湾でフリーチベットコンサートを行うので、法王の支持を得たいとの内容。

「ChthoniC」はカタカナで「ソニック」、中国語では「閃靈」。見た目はベタなビジュアル系メタルバンドですが、編成がユニークで、二胡奏者がいたり、ベースが美人女性だったりします(いやマジにカワイイDorisちゃん)。メイクもよく見ると京劇っぽい?

公式サイトhttp://www.chthonic.org/
日本語サイトhttp://www.howling-bull.co.jp/bands/bands_000014.html

法王との記念写真ではボーカルのフレディがカタを首に掛け、思いっきり素顔の好青年姿で映っています。

台湾語と北京語で歌っており、内容は台湾の歴史に根付いたものだそう。抗日蜂起をテーマにした曲もあるようです。メタルは聞き慣れないんですが。。歌詞はちょっと読んでみたいですね。

サイディク・バレイ(DVD付)
こちら最新アルバム
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試聴もできます。


Pandemonium: The Best of Chthonic

 2008年、今年は、チベット人たちにとって非常に緊迫した年となっている。 3月にラサで起こった騒乱に始まり、現在もチベットと周辺地域では中国政府との衝突と弾圧が繰り返されている。このような騒動が、中国が満を持して迎えたオリンピックイヤーにあわせるように起こった原因については、専門家によってさまざまな理由付けと解釈がなされているが、チベット内部の正確な情報が得られない現在、推測の域を出ない。「暴動」へのダライ・ラマの関与について、中国政府とチベット亡命政府の見解は大きく食い違ったままだ。しかし、この事件をきっかけに、チベット問題が世界から、近年なかったほどの注目を集めていることは、まぎれもない事実である。

 世界各地で、その振る舞いの是非はともかく、チベットにおける人権問題に対する抗議行動として聖火リレーに対する妨害が起こった。日本でも、聖火の出発地となるはずだった長野の善光寺が、リレーへの参加を辞退した。その理由を文化財保護と観光客の安全という表面的な理由だけにとどめず、仏教徒として中国のチベットに対する弾圧を憂慮する、との発言があった(2008年4月18日, 朝日新聞)ことは注目に値する。

 チベット人亡命者たちは、彼らの政治的指導者であると同時に精神的指導者でもあるダライ・ラマを慕い、チベット亡命政府のあるインド・ダラムサラを中心に、半世紀にわたって各地で難民生活を続けている。現在も、信仰の自由のない中国支配下のチベットを逃れ、命を賭して国境を越える者が後を絶たない。我々は、チベットにおいて独自に発達した密教文化と、「ダライ・ラマ」という特異な存在に、この力の源を求めざるを得ない。

 チベット仏教は、長く海外からも注目を集めつづけてきた。チベットの仏教は、インド仏教を忠実に継承しているとされる。発祥の地インドでは仏教は廃れてしまったが、チベットにはインド仏教の完成系である後期密教が伝わり、失われてしまったサンスクリットの経典を一字一句正確にチベット語に翻訳したものが残っているためだ。明治時代、河口慧海をはじめ多くの日本人僧侶が危険を冒して入蔵に挑んだ理由も、そこにある。秘密仏教という性質と、隔絶された土地柄、さらに19世紀における鎖国政策のために、長い間、外国人から隠されてきたチベット密教。それが今や、祖国を失い世界に散らばったチベット人僧侶や知識人、ダライ・ラマ14世その人によって、広く開示されつつある。

 チベット仏教において最も特徴的なのが、「活仏制度」であろう。ダライ・ラマもまた観音菩薩の生まれ変わりとして衆生を救うために転生を繰り返していると信じられており、現在のダライ・ラマは14人目にあたる。しかしそんな伝統ある、信仰の根幹とも言うべき活仏制度も、中国政府の介入によって揺るぎ始めている。活仏の認定には中国の許可が必要であるとし、1989年には、チベット亡命政府の選出したパンチェン・ラマを廃し、中国側の選んだ少年を正式なパンチェン・ラマの生まれ変わりとして仕立て上げてしまった。このままでは高僧が次々と中国政府の息のかかった者に据え変えられ、ついにはダライ・ラマも傀儡になる可能性があるということになる。ダライ・ラマ14世は、次のダライ・ラマは転生ではなく、自分の生きている間に選出される可能性について語っている( 17 October 2007, Voice of America)。つまり、活仏制度そのものの終わりを示唆しているのだ。ダライ・ラマ14世は、亡命政府樹立時から民主化につとめ、憲法に人民がダライ・ラマを廃する権限を盛り込み、政教分離を目指してきた。

 ダライ・ラマ14世は、変化をおそれていない。むしろ積極的に近代化を推し進め、新たなかたちで生きていこうとしている。変わらないでいてほしいと思うのは、部外者のエゴだ。

 ダライ・ラマは転生を繰り返してきたが、現ダライ・ラマ14世テンジン・ギャンツォは不死ではない。14世が崩じた時、亡命政府は求心力を保ち続けることができるであろうか。チベット密教の伝統という基盤とチベット民族の団結力の強さは賞賛に値する。しかし、現在のチベット人社会が、現ダライ・ラマ14 世個人のカリスマ性に支えられていることも否定できない。

 中国の支配下にあるチベットの地には、ダライ・ラマを実感として知らない世代が確実に増えている。中国政府の監視のもとに教育を受け、情報が統制された中で、外部にある亡命政府との温度差が出てくることは避けようがない。ダライ・ラマ14世とチベット亡命政府は中国政府に対し、あくまで「高度な自治」を求めているのであり、独立要求はしているわけではないことを繰り返し強調しつづけている。独立国家としての立場にこだわらず、共生の道を探ろうとしているのだ。このような中道アプローチは、仏教者として当然の姿勢かもしれない。これに対し、そのような生ぬるい態度では強硬な中国政府には通用しない、と考える「チベット青年会議(TYC)」のようなグループがあることもまた事実だ。チベットの若者達があくまで独立を望むなら、ダライ・ラマにさえそれを止める権利はないであろう。しかしまた、このような一触即発の状況下にあって、この程度(といっては語弊があるが)で済んでいるのは、ダライ・ラマという抑止力と、長いチベット密教の歴史の中で培われてきた非暴力の精神の現れではなかろうか。ダライ・ラマ14世は、暴力行為が続くなら、退位も辞さない覚悟だという(2008年3月18日, AFP BBNews)。この発言は中国政府とチベット人内の急進派に対する牽制として非常に政治的な側面を持つと同時に、「一介の僧侶」を自認する彼の仏教者としてのいつわらぬ気持ちであるようにも思う。ダライ・ラマ14世は当初から一貫して北京オリンピックの成功を支持し、各地のチベット人たちへ暴力を用いることのないよう呼びかけつづけている。そしてそれは、ただ静かに運命に流されるままになっているのとは違う。記者会見や講演の場でも折に触れて語られる「慈悲(compassion)」という言葉に現れる強い主張を持って、平和のために戦いつづけているのである。 

 未だチベットには平和は訪れていないにもかかわらず、ダライ・ラマがノーベル平和賞を受けたということには、大きな意味がある。昨年米国議会から最高の栄誉である黄金勲章を受けたことも記憶に新しい。これらの賞を授与することで、国際社会は彼のチベット文化を守る努力と、平和に向けた非暴力の活動を支持する姿勢を表明したと言えよう。

 日本における仏教が、一部の宗教者のもの、あるいは葬式でお世話になるだけのものと思われているのに対し、チベット仏教はチベット人全体の生活に根付いている。指導者が輪廻転生するということの妥当性、政教一致の体制への疑問もあるだろう。しかし、現に強い求心力を持ちつづけているこのダライ・ラマという存在を、西洋的合理主義だけで解釈してよいものであろうか。例えば、チベットには世にもめずらしい一妻多夫婚の習慣が残っている。しかし、チベット社会においてはそれが理にかなっているのであり、我々が奇習と決めつける筋合いはない。

 社会主義は成功しなかった。経済先進国を席巻している資本主義にも、9.11以降疑問の目が向けられ始めている。世界は今、チベットから学ぶことがあるはずだ。ただ真似るのではない、我々と違った論理で成り立っている社会があるというその多様性に目を向け、学ぶべきは学ばなければならない。それは、チベットもまた、日本や世界から学ぶことがあるということだ。そして重要なのは、ダライ・ラマ14世はその用意ができている人だということだ。

 2008年8月2日、ダライ・ラマ法王日本代表部事務局代表ラクパ・ツォコ氏は、一般向けのチベット語講座開催にあたり、チベット文化を学ぶべく事務局に集まった日本人達を前にこう語った。「チベット人は中国人を憎んで当然だと思われているかもしれない。現在の政府の方針には反対ですが、中国人はみな兄弟姉妹だと思っています。前世、あるいは来世では親子かもれないからです。我々チベット人は、本気でそう信じているんです」。そんなことは非科学的だと言ってしまえばそれまでだが、大切なのは、そこから生まれる他者への愛だ。今回の騒動に便乗してインターネットの書き込み等に現れた、中国人に対する誹謗中傷の数々。このような言動が、亡命政府の思いとなんとかけはなれていることか。

 明日8月8日、2008年北京オリンピックが開幕を迎える。重要なのは、これからである。チベット問題への関心を一時の「ブーム」に終わらせることなく、我々はこの平和の祭典をとりまく問題を通じて、もう一度、共生ということについて考えなくてはならない。世界が注目し、声を上げ続けていかなければ、チベットはゆっくりと死んでいくだけだ。中国は今、重要な岐路に立たされている。日本を含む各国政府もまた、この問題にどう対処するかが、今後の世界の価値観を左右することになるはずだ。チベット仏教の体現者であるダライ・ラマ14世の徹底した利他と非暴力の姿勢は、国や宗派を越えた、新しい問題解決の方法を提供してくれているのではないだろうか。

2008年8月7日 高野山大学院チベット密教レポートとして(担当教員:奥山直司)


熊谷 惠雲 (vivian)
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