俗世の事アーカイブ

100527_kalmia.jpg携帯電話を持たずに出掛けた。
といっても、忘れて、
取りに戻る時間がなかっただけ。

困るのはまぁ、いつもSuicaとして使っているので、電車に乗る時くらい。

道を歩いていると、
見たことのない花をみつけた。
あっ、写真写真、と思ったら、
ケータイがない。

こんな時に限って、と思いながら、よーく花を観察して目に焼き付ける。

あれ? ケータイがあったら、こんなによく見ることはなかったのかな。。?
忘れないように記録したつもりで、結局見ないんなら、ケータイカメラなんてなくてよかったのかも。

でも、この色と形をみんなに伝えたいんだよね。。

落ちていた一房を拾って、坐禅堂に向かう。
4色ボールペンでノートの端にスケッチしてから、お釈迦様にお供えする。
写生なんて何年ぶりだろ。

で、これ、なんて花?

カルミア、だそうです。
対象喪失―悲しむということ (中公新書 (557))
小此木 啓吾
中央公論新社

「生から死に至るまで人生は対象喪失の繰り返しである。(p.192)」

"対象喪失"とは、愛情や依存の対象を失うこと。その悲しみをどう体験し、解決していくのか。

心理学解説書でありながら、多くのエピソードで読みやすく、読み物としてもすぐれた本です。
はしばしに心に刺さる、けれど示唆に富んだ言葉がちりばめられています。1979年の発行ですが、その言葉はまったく色あせていません。
悲しみにうちのめされて自分を見失いそうな時、自分の心の中で何が起きているのか、落ち着いて見つめ直すきっかけをくれる本です。

対象喪失の中で最も大きなものは、言うまでもなく愛する人の死です。そして失恋はもちろん、仕事を失ったり、目標を失ったり、役割や環境が変わったりすることも対象喪失の一つです。
私たちは日々、対象喪失を経験しているのです。

対象喪失が苦痛なのは、対象がすでに自分の一部となっているために、自己のアイデンティティーまで喪失してしまう危険があるからです。
私たちはそれとは知らず、他人や環境に期待を寄せ、依存して暮らしています。そしてそれが裏切られると、幻滅や脱錯覚というような、内的喪失を経験します。
けれど、「いかに多くの人間の営みが、この種の錯覚現象であることか(p.40)」!

先日のバリー・カーズィン博士の講演の中にも、見かけと現実とのギャップが苦しみにつながるというお話がありました。
対象の本質は何も変わっていないにもかかわらず、自分の気持ちの中だけで喪失を起こしてしまうのです。

そして、失った対象を想ったり、うらんだり、悔やんだりしながら、悲哀の過程をたどり、少しずつ心を整理して、受け入れていく。
これをフロイトは"悲哀の仕事"と呼びました。「この仕事を一つ一つ達成することなしには、真の心の平安を得ることはできない(p.46)」のです。

我々はその苦しみに耐えられず、無関心を装ったり、逃避に走るなどの防衛反応を起こしたりして、この心の営みを中断してしまうことがあります。日常は変わらずに続いており、目の前の社会に適応していかなければならないからです。

けれど、この悲哀のプロセスを達成せずにいると、後になって心身の病を起こすこともあります。「人間の悩みというものは、悩みぬかれて解決されない限り永劫にくり返される。(p.45)」のです。

私たちは少なくとも1年の間、このプロセスを様々な形で経験するとされています。
喪に服するという習慣も、意味のないことではないのです。

悲しむ能力があるというのは大切なこと。それが自然な心の営みなのです。
自分の内面と向きあうには、ある程度のゆとりが必要です。忙しい現代社会の中では、悲しみを悲しみとして感じられず、気づかぬうちに変調をきたす人も多いといいます。


私はまだ、親しい人を亡くした経験はありません。
小さな対象喪失への対処にも苦しむ日々です。。
この先、"悲哀の仕事"をしなければならない時には、きっとこの本が助けになってくれることでしょう。

みんな、人生は変わらないと思っている。
でもある日、突然変わることもある。

みんな、人生を変えたいと思っている。
でもどうしても、変わらないこともある。

何かを変えようと頑張って、失敗してしまっても、またもとの生活にかえるだけだから。
そんなに心配しなくっても、いいのかも。

- 鳥を見たことがなければ、空を飛びたいとは思わない―。

誰の言葉かは、わすれました。
上があることを知らなければ、それを望むこともない。
望まなければ、得ることもない。

- 人は想像できる以上のものにはなれない―。

同じ人の言葉だったでしょうか?
望んで望みすぎることは、ないのです。

050713_stepベイビーステップ、という言葉を知っているでしょうか。
赤ちゃんの一歩。文字通り、小さな小さな一歩のことです。

目標があまりにも大きくて、とても実現できそうに思えないとき。
どうしても片付けなくてはならないことがあるけれど、なかなか始められないとき。

やらなくてはならないことの大きさに怖気づいて手を出せずにいるなら、そのタスクをとにかく最小限まで分解して、一番小さなステップからはじめるんです。

宿題がたくさんあるのに、どうしてもやる気が起きないなら。。まずは、宿題をカバンから出す。できそうですね。次は鉛筆を出す。お菓子でも食べようかな。。じゃぁ、お菓子を買いに行く前に、ノートのページを開いて行く。

千里の道も一歩から。
あたりまえでしょ。

041006_book.gifフリーで働いている友人の一人が、しばらく休業するそうです。好きなことを仕事にしているのですが、なかなか忙しかったようで、現在は完全休養中のようです。
そして、一ヶ月だけ、本屋さんでアルバイトをするのだそうです。

え、バイト。。?!
それも今までの仕事とは全く関係なく、地元の本屋さんで、学生のように安い時給でバイトをするとのこと。。

なぜ??
本屋さんになるのが、夢だったから。

友人の報告を聞いて、ちょっと衝撃を受けました。
大人になってお金を稼ぐことを覚えてしまった私たちは、どうしても収入が減ることには抵抗を感じますよね。本当はやってみたいと思っていたことでも、才能やチャンスの問題でなく、お金にならない、という理由であきらめてしまった夢があったんじゃないでしょうか??

もし、お金の心配が全くないとしたら、私はなんの仕事をするんだろう。。?

そういえば、学生の頃はみんないろんなバイトを試しては、それを楽しんでいましたよね(私はバイトは前職1度だけ、なのですが。。)。そうやって気軽に業界に入ってみることで、見えてくるものもあったはず。大人になった今だからこそ、余裕を持ってチャレンジできることもあるのでは??

まだ、間に合うんです。
あの夢は、子供の頃に終わったわけじゃなかったんですね。

前日島目上の人に逆らいたい。目上の人だから逆らいたい。逆らう気はないのに、つい自分の考えを主張して声を荒げてしまう。。誰にでもありますよね、そんなとき。

つい最近、ウンベルト・エーコの「前日島」を読んでいました(邦訳です、もちろん)。舞台はバロックな大航海時代なのですが、現代のビジネスや人間関係にも通用するような教訓や心理学に基づいた交渉術がいっぱいで、妙に参考になります。

さてその中で、田舎者で経験の浅い主人公・ロベルトが、処世術を伝授される場面があります。
人の話に割り込んでばかりいるロベルトに、年長のサラサールはこう諭します。"目上に反論すれば、自分の立場を危険にさらすことになる。能ある鷹は爪を隠すもので、容易に本心を見せてはいけない。。"

それじゃ、自分を偽って、正しいことでもだまっていなくちゃいけないの?!ロベルトならずとも、そう反論したくなりますよね(この時点でロベルトはさっそく目上に反論していますが。。)。でも、そういうことではないんです。

「自画自賛は虚栄の心でしかなく、己を貶すは愚かなり。」

つまり、一時の虚栄心のために行動してはいけない、ということです。相手が間違っていたら、ついその場で大声で指摘したくなる。でも、それは必ずしも、あなたの明晰さを示しはしないのです。クライアントが間違っているからといって、その場で揚げ足を取って、あなたの仕事は成功するでしょうか??

無能に見える上司(失礼)にたてつく前に、一呼吸置いてみてはどうでしょう。自分が本当に賢く振舞えるように。。

040804_cascata.gif先日、テレンス・コンラン卿のデザインしたレストラン、la cascataへ行く機会がありました。女友達と久しぶりに会うので、ちょっとおしゃれしてディナーです。もとは会員制だったというだけあって、隠れ家的で人も少なく、ゆったりと過ごせるお店です。

室内の落ち着いた青い光と、壁を伝う滝(cascata)。イームズの白いチェア。行き届いたスタッフ。静かで爽やかな空間。。自然と振舞いも清楚になります。

お互いの近況や将来のことを話しながら、あることに気がつきました。会話がとても前向きで、なんというか、全体的なトーンが丁寧でゆったりとしているんです。自分の発声から違うような。。昼間、街のカフェでだらしなく頬杖をつきながら男友達と愚痴を言い合っていた自分と、なんて違うんでしょう!
美しい空間の中では、美しい言葉しか話せなくなるのです。

洗練された空間が背すじを伸ばさせるなら、身も心も美しくするなら。。おしゃれなレストランばかり選んでいく彼女達を、ゆるしてやってください。(;>ω<)ゴメン

いつか、自分がこうなったらこうしよう。。

そう思い描いてきたことが、あったのじゃないでしょうか。でも、その"いつか"は、いつだったんでしょうか??
いつか理想の自分になれると信じてきたのに、ちっともなっていない。一体いつになったらなれるの??

。。実は、もうなっているんだ、と言ったら。。?
少なくとも、そうなるだけの力は持っているんじゃないでしょうか。

気が付けば、"いつか"はもうとっくに過ぎてしまっています。だから、今それをしないで、いつやるつもりなんですか??
明日はもっとこうなると、明日になったらこうすると、その明日を引き伸ばしているのはなぜですか?
なりたい自分があるなら、今、なればいいんです。今がムリなら、できそうな日を決めてください。ただし、全力でそれに向かうんです。少しくらい予定がずれたってかまいません。ただし、その日にできる、と心から信じてください。

"いつか"訪れる幸せを待たないでください。
私たちはもう、あのころの未来に、立っているんです。

毎日一つ、あたらしいことをするように心がけています。

昨日と同じ一日をつくらない。一年を長くする秘密です。

普段あんまり教えないんですけどね。あたりまえすぎて。

>> 今日のあたらしいこと。(・ω・)


熊谷 惠雲 (vivian)
プロフィール

サイト内検索



アーカイブ