A True Story of Nature, Healing, and Initiation
from Indonesia's "Dancing Island"
生物学者ライアル・ワトソンの『Gifts of Unknown Thing』は、フィクションともノンフィクションともつかないサイエンス・ファンタジーです。「百匹目の猿」で有名な著者ですから、実体験と科学的見地に基づく創作なのでしょう。
著者は地図にない島「ヌス・タリアン」で、少女ティアとの交流を通して、自然とともに生きる島の人々の文化に触れていきます。
上陸前夜、著者を乗せた船は、夜の海で不思議な光に囲まれます。光の正体は海の中から浮かび上がってきた何百というイカの群れ。イカ達は一つの意思を持つかのように、船の様子をうかがい、あるまとまりをもって光り、動き、一斉に闇に消えます。
イカの脳は、そのハイスペッックな目に対して、あまりにも単純だといいます。イカ達は、その目に映した膨大な情報を一体どうしているのでしょうか?
著者は、イカ達が地球の観察者なのではないかと考えます。そして、我々人間も地球という知的システムの一部だというのです。
このすばらしいシステムの中で真に魅惑的で衝撃的なことは、われわれひとりひとりの中に「イカ的なるもの」がある、ということである。 (村田恵子訳『未知の贈りもの 』 p.42)
中沢新一氏は『イカの哲学』の中で、『未知の贈りもの』からこの「イカ的なもの」という言葉を引き、何度も繰り返しています。
なんともインパクトのある言葉で、『未知の贈りもの』の解説者もこの言葉を引いていますが、実は原書では「there is something of the squid in each of us.」とさらっと書かれていて、カッコもついていなかったのです。それが、「イカ的」という妙な語感とカッコのおかげで、邦訳ではとても印象的な言葉となっています。
集合的無意識の可能性について提唱したのは心理学者のユングですが、夢や直感の中に個人の脳を超えたつながりがあるというのは、古来人々が感じてきたことです。
それは「シンクロニシティ」と呼ばれたり、「超能力」だと考えられたり、「気」で説明しようとする人もいれば「偶然」で片付けたい人もいる(玄侑宗久vs有田秀穂『禅と脳』)という、あやふやなものです。
生命と生命の間には、未だ解明されていないネットワークがあるのかもしれません(「百匹目の猿」は捏造でしたが。。)。
この物語の中でもう一つ印象的な現象が、「共感覚」です。
ティアをはじめ、島の子供達はみな言葉や音に色を感じ、それを当然の事として共通の認識を持っています。著者はティアの持つ予知能力が、この感覚融合に関係があると考えます。
共感覚とは、文字に色を感じたり、形に匂いを感じたりといった、ある刺激に対して同時に別の感覚を持つという特殊な知覚のことで、これを持つ人は、驚異的な記憶力や絶対音感といった天才的能力を発揮する事があります。
共感覚は神経や脳の異常とされていますが、赤ちゃんの頃には誰もが持っているとも言われています。この未分化で鋭敏な感覚が、常人の感じられない物を感じとるために、超能力のようにも見えるのです。
ヌス・タリアンには、現代の我々が失ってしまったものがたくさんあります。
ただ自然回帰ということではなく、まず、我々も「イカ的なもの」を持つ地球の一部であるという認識をもつことが、本来の生命力を取り戻す鍵なのかもしれませんね。




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