書というオブジェ。

070527_booksAmazonから本が届きました。
持ち歩いて読める手頃な物をと、手元になかった澁澤龍彦氏の文庫版短編集をいくつか注文していたのでした。

いつもながら注文から到着までがとても早く、検索の便利さと寄り道させるしくみから言っても、現実の書店とはまた違った良さがあります。ほとんど見つからない本はないくらいだし、気になる言葉で検索していると思わぬ出会いがあったりもする。他の人が書いた評判を見て、よし買おうと思ったり、やめてしまったりもする。Amazonのなかを探検するのは、宝探しのようでとても楽しい。

けれど、私は大切なことを忘れていたのです。
本は、知識欲を満たす情報の集まり、というだけではない。所有欲をも満たすオブジェだったのです。

Amazonの箱をあけて、本を取り出し、そのカバーを見たとたん、がっかりしてしまいました。
説明に新装版、などと書いてあったので、あぁ、前のとは違うのだな。。と思ってはいたけれど。。
カバーの表はそんなに大きく変わったわけでもないのだが、あろうことか背表紙が、白からどぎつい黄色に変わっていたのです! 過去に手に入れた同シリーズのものと並べると、なんと浮いていることか。

え?背表紙?と思うでしょうか?
実際に書店で本を手に取って探すとき、売り出し中の新刊でないかぎり、見るのはその背表紙。持ち帰って本棚に入れれば、見えるのは背表紙だけ。お気に入りの本ばかりが並んだ自分の部屋の本棚に、自分の嫌いな色の本があったらどうでしょう?

本棚は、部屋の壁の大きな面を占領しているはずです。そこに並んださまざまな大きさ、色の本は、その人の趣味嗜好をよくあらわす一枚の絵を構成しているのではないでしょうか。

レコードやCDにはジャケ買い、という言葉がありますが、それは本にだってあてはまるのです。
自分の好みの外装をした本は、自分の好みの内容を備えていることが多いものです。昔から、読んでみたいと思った本でも、実際に買うのはよほど外装の気に入った本だけでした。表紙、背表紙、紙の質感と色合い。。幼少の頃からの本好きにしては蔵書が少ないのは、そのせいもあるでしょう。本をジャンルではなく、背表紙の色で分類して並べていたこともあるぐらいです。
ちなみに私はあのべろべろとした帯というものも嫌いで、よっぽどいい文章が書いてあるか、きれいな紙を使って本の一部になっているかしないかぎり、商業的なメッセージのものはさっさと捨ててしまいます。

読んで面白ければいい、そういう人もいるでしょう。一度読んで終わりの本ならそれもいい。
けれど、わざわざ買って手元に置こうという本は、見た目も中身もすばらしい、全体が完成された一つの作品であって欲しい。
と、いったら、わがままでしょうか?

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